大判例

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京都地方裁判所 昭和41年(ワ)459号 判決 1973年1月26日

原告

大成産業株式会社

みぎ代表者

高橋春雄

みぎ訴訟代理人

上田信雄

被告

みぎ代表者

田中伊三次

みぎ指定代理人

藤田康人

外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、原告会社訴訟代理人

被告は原告に対し金一〇九万八、八四六円と、これに対する昭和三九年八月三日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決。

二、被告国指定代理人

主文同旨の判決。

第二、当事者の事実上の主張

一、原告会社の本件請求の原因事実

(一)  原告会社は、京都市東山区山科上山花ノ岡町四九番地の一畑三六九坪三合三勺(1220.94平方メートル)、同番地の二畑二六三坪二合九勺(869.43平方メートル)、同番地の三畑七四坪三合八勺(245.87平方メートル)を所有していた。

(二)  被告国は、昭和三六年一二月六日、同番地の二を、国道五条パイパスの道路敷として任意買収し、同月一二日、その所有権移転登記手続をすませた。

しかし、被告国は、同番地の一の土地(以下本件土地という)について残地補償をしなかつた。

(三)  本件土地は、新設された国道五条パイパスより約六〇度の急傾斜で、国道から約一〇メートルの高さのところに位置し、本件土地の北、西、南側は、山林であるため、この買収のため著しく利用価値がなくなり、原告会社が頭初に企図した宅地造成は困難な実状にある。

本件土地は、このため金一〇九万八、八四六円の価値低下をみた。すなわち、

本件土地の附近の時価は、一平方メートル当り金一、三五〇円であるから、本件土地の時価は、金一六四万八、二六九円(1,350円×1,220.94)になるが、前記のため三分の二の価格が下落した。そうすると、それは、金一〇九万八、八四六である。

(四)  これは、原告会社が被つた前記任意買収に伴なう特別犠牲であるから、原告会社は、憲法二九条三項によつて、被告国に損失補償請求ができる筋合である。そこで、原告会社は、被告国に対し、金一〇九万八、八四六円と、これに対する前記国道五条バイパスが完成した昭和三九年八月三日から支払いずみまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二、被告国の答弁と抗弁

(一)  原告会社主張の本件請求の原因事実中、(一)(二)の各事実は認める。

(二)  同(三)のうち、本件土地の位置は認めるが、そのほかの事実は争う。

(三)  被告国が残地補償をしなかつたのは次の理由にもとづく。

被告国が、本件土地の残地補償をするかどうかを決定する基準は、「建設省の直轄の公共事業の施行に伴う損失補償基準」(昭和二九年五月一九日建設省訓令第九号)に則り、その基準を具体化した「近畿地方建設局用地事務取扱内規」五二条以下である。

本件土地は、登記薄上は畑、現況山林であるが、周囲が宅地化されているので、宅地として取り扱い、前記内規五二条一項に規定する別表第四の残地補償基準表(本判決添付の表はその一部である)によると次のとおりになる。

本件土地は、登記簿上三四九坪であるが、そのうち国道に面した法面一一三坪は、被告国が使用貸借したから、これを控除した二三六坪が基準になる。そうすると、同表「A 方形」の下欄五一坪以上、五〇パーセント以下ではあるが、残地の面積が五〇坪以上であるから、同表を適用して残地補償をする必要がないことになる。

被告国としては、前記法面も買収したかつたが、原告会社は、これに応じなかつた。そこで、被告国は、そこを使用貸借契約によつて使用している。しかし、原告会社がこの法面を道路面まで切り下げたときには、この法面は、国道維持上不必要になり、その使用貸借は終了する。原告会社は、このことを見込んで、法面の買収に応じなかつた。

このように、原告会社が、特に法面を残しておきながら、本件土地が国道と高低のあることを理由に、本件請求をすることは失当である。

(四)  仮に、原告会社に、憲法二九条三項による補償請求権があるとしても、土地収用法七四条二項、九三条二項の規定の趣旨との均衡上、残地補償請求権は、売買契約成立後三か月(同法一三三条一項)ないし一年の経過によつて消滅し、その後の行使は許されない。

第三、証拠関係<略>

理由

一、原告会社は、その主張の三筆の土地を所有していたところ、被告国は、昭和三六年一二月六日、その一筆である四九番地の二を国道敷に任意買収したので、本件土地が残地になつたが、被告国は、残地補償をしなかつたこと、本件土地は、新設された国道五条バイパスより約六〇度の急傾斜で、国道から約一〇メートルの高さのところに位置していることは、当事者間に争いがない。

二、道路の整備、河川の保全、開発は、国民生活上不可欠であり、これら公共事業の遂行には、用地を必要とする。この用地を獲得するためには、それが、任意買収であると、強制買収であるとを問わず、土地所有者や借地人などの利害関係人の私益が守られなければならない。憲法二九条三項が正当の補償を要求するゆえんである。従つて、この補償が、実定法で損失補償の規定がある場合に限られる至当性はなく、そのような実定法上の規定のない場合は、憲法二九条三項を根拠に、損失補償が求められるとしなければならない。そうして、憲法二九条三項を根拠に損失補償を請求する場合の要件は、請求権者が、国又は公共団体の行為によつて、一般的に当然受忍すべきものとされる公共上の制限をこえ、特別の財産上の犠牲を強いられた場合であることが必要であると解するのが相当である(最判昭和四三年一一月二七日刑集二二巻一四〇二頁参照)。

三、この視点に立つて、本件を考察する。

(一)  <証拠>によると次のことが認められ、この認定に反する証拠はない。

(1)  本件土地とその附近の土地の場所的関係は、別紙添付図面のとおりである。

(2)  本件の国道用地買収の衝に当つたのは、近畿地方建設局京都国道工事事務所で、同事務所では、用地買収については、「建設省の直轄の公共事業の施行に伴う損失補償基準」(昭和二九年建設省訓令第九号)と、これを具体化した内規である「近畿地方建設局用地事務取扱内規」(昭和三四年六月一七日近建例第一一号)に準拠している。

内規五二条一項は、「同一の土地所有者に属する一団の土地の一部を買収する場合において、残地の形状が狭少となる等著しく利用価値を減損すると認められる場合は、別表第四の残地補償基準表により当該残地を買収する場合の補償額の五割以内の額を補償することができる。」と規定している。

(3)  この基準によると、買収当時における原告会社所有の一団の土地の面積は七〇七坪で、これと、右土地のうち買収の対象となつた土地並びに本件土地のうち被告国が原告会社との使用貸借契約によつて使用する法面を控除した二五五坪七合五勺とによると、「残地補償基準表宅地A 方形」の最下欄のいずれにも該当しないことになり、従つて、残地補償の必要がない。なお、被告国は、本件土地が畑であるにもかかわらず将来宅地となることを見込んで、原告会社に有利な「宅地A 方形」によつたものである。

(4)  この基準によつて、本件土地の隣接地について検討すると次のとおりである(添付図面参照)。

(イ) 五〇番地の一、訴外西井久雄らの共有地で、その面積は一九二坪三合六勺であり、買収された土地の面積は七九坪六合八勺である。残地は、法面の使用貸借分二〇坪六合八勺をのぞき九二坪になる。従つて、前記基準表の「宅地A 方形」からして、残地補償の対象にならず、現に被告国は、この補償をしていない。

(ロ) 七番地は、訴外辻野義夫の所有地で、その面積は二六一坪四合八勺であり、買収された土地の面積は二〇五坪五合二勺である。残地は、法面の使用貸借分一七坪二合八勺をのぞき三八坪六合八勺になる。従つて基準表の「B 三角形」により、残地補償として、三〇パーセントの補償率による補償が必要になつてくる。

被告国は、辻野義夫に対し、金八万二、〇八〇円の残地補償をした。

(ハ) 四番地の一は、訴外粟津誠一の所有で、その面積は一三七坪三合一勺であり、買収された土地の面積は一〇六坪七合七勺である。残地は、三〇坪五合四勺であるから、基準表の「B 三角形」により、残地補償として、四〇パーセントの補償率による補償が必要になつてくる。

被告国は、粟津誠一に対し、金八万一、六〇〇円の残地補償をした。

(ニ) 四番地の二は、訴外粟津金次郎の所有で、その面積は一〇四坪五合三勺であり、買収された土地の面積は七五坪八勺である。残地は、二九坪四合五勺であるから、基準表の「A 方形」により、残地補償として、三〇パーセントの補償率による補償が必要になつてくる。

被告国は、粟津金次郎に対し、金五万七、四二〇円の残地補償をした。

(5)  前記京都国道工事事務所の係官は、本件土地のうち法面に相当する部分をも買収しようとして、原告会社と折衝したが原告会社は、これを拒否し、被告国と法面について、使用貸借契約を締結したが、それは、この法面を国道の高さまで切り下ぐげることにより、本件土地が有効に宅地として利用でき、使用貸借契約も終了することを考慮したからである。

原告会社の残地である四九番地の三の方は、すでに原告会社の方で、法面を切り下げて完全な宅地と化している。この四九番地の三についても、被告国は、前記基準表に照らし残地補償をしなかつた。

(二)  以上認定の事実からすると、原告会社の残地である本件土地について、被告国が残地補償をしなかつたのは正当であり、原告会社にだけ、受忍限度をこえた特別の犠牲を強いたものとは到底いえないばかりか、被告国の京都国道工事事務所は、国道用地買収に当り、前記基準表に従い、衡平に事務処理をしたものである。そうして、この基準表自体も客観的妥当性と合理性を保有しているとしなければならない。

四、むすび

原告会社の本件請求は、損失補償請求のための要件すなわち特別犠牲を強いられたことが認められる証拠がないことに帰着し、この点で失当として棄却を免れない。そこで、民訴法八九条に従い主文のとおり判決する。

(古崎慶長 谷村允裕 飯田敏彦)

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